福岡パルコ

INTERVIEW HEY!PARCO SPECIALインタビュー

天神の街とユースカルチャーと
未来に向けて種をまくことの意味

中川将馬 HEY!PARCO SPECIALインタビュー

SHOMA NAKAGAWA

中川将馬/SPINNS 事業部長

中高生から20代前半を対象に、洋服や音楽、アートなどのユースカルチャーを含むスタイルを提案するSPINNS(スピンズ)。大名の路面店からはじまり、天神コア、福岡PARCOでの展開を通して、福岡のユースカルチャー(若者文化)と共に歩んできました。
福岡店の店長として赴任し、現在はSPINNS事業部長を務める中川将馬さんに、急速に変わる天神の街とユースカルチャーの今についてお話を伺いました。

若い世代が街へ出るきっかけの場所
福岡の街で、SPINNSは長く営業されていますよね。

福岡にSPINNSができたのは2001年。大名の路面店からはじまって、2006年天神コアに300坪のSUPER SPINNSをオープン、 天神コアの閉店をきっかけに福岡PARCOに移転オープンしたのが2020年3月のこと。

僕が福岡に赴任したのは、ちょうど福岡PARCOがオープンした2010年でした。当時の天神コアはご存知の通りのギャルビルで 、 客層もギャルやヤンキーが多くて。今となってはおもろいなと思うんですけど、あの頃はパルコがうらやましかったですね。

うらやましく感じていたんですね。

そうですね。パルコのイメージって文化的じゃないですか。昔からクリエイティブもしっかりしていて、カルチャー発信もしているし、編集の仕方も上手だし。

当時の僕はかっこいいことをやりたいって思いが強かったから、僕らもあっちでやりたいなっていう悔しさと羨ましさを感じていたと思います。

中川さんから見て、天神コアやパルコはどんな場所でしたか。

天神コアは、若い子たちが集まる地域に根ざした場所っていう感じでしたね。一等地だからモノは売れるけど、なんというか、雑多で、ディレクションされている感じはあんまりなかったかな。

僕も福岡の生まれじゃないから歴史的なことは分からないけど、元々はユースカルチャーの発信地だったんだと思うんですよ。

2020年3月31日閉店間際の天神コア_佐藤撮影

天神コアってめちゃくちゃ敷居が低くて、いけてるもいけてないも含めて、ファッションの登竜門みたいなところがあった。

ファッションに興味を持つきっかけに多少なりともなっていたし、ファッションに興味を持たなくても、ちょっとかっこつけたいなって感じで男の子も女の子も来ていた。「天神コアに行こう」って遊びに来てみたら、おしゃれな人がいて「あの人どこで服買ってんだろう」ってそのまま大名の街の方へ流れていって、色々な服屋さんに飛び込んだりみたいなことがあったと思うんですよ。

現在の大名紺屋町通り

SPINNSで働いている子も、元々はギャルやヤンキーだったけど、どんどんファッションが好きになってみたいな子も結構いたりするんで。街中に出ていくきっかけになっていた場所だったし、天神コアがなくなってパルコもまたそういう役割を果たしていたと思います。

パルコがなくなることも、また大きな損失なんじゃないかと思ってます。

変なもの、分からないものが街にある意義
福岡PARCOの閉店をどう受け止めていますか。

ユースカルチャーの視点で言えば、パルコは福岡にあった方がいいと思ってます。

福岡の中でも、パルコは特殊な商業施設だったって感じがしてます。

何か分からないものってあるじゃないですか。クリエイター系のものが1階の入ってすぐの場所で展開されていたり、イベントごともそうですけど。僕たちも色々な商業施設に入っているけど、昔からパルコしかああいうことをやっていないんじゃないかって。

唯一オフィシャルで変なことをしているのが、パルコ。ここがなくなったら、変なもの、分からないもの、だけど気になるみたいなものを発見する集合施設がなくなっちゃいますよね。

そういう場所がなくなることで、福岡の街自体も変わっていきますよね。

今、福岡の街ってどんどん簡素になっていってるじゃないですか。

SPINNSが天神コアにオープンした2006年、ヘルプで来たのが僕にとっての初めての福岡で、あの頃って街に変な人がたくさんいましたよね。若い子でも熱量の高い人がものすごく多かったし、街中にも派手な格好した人たちがあふれていたじゃないですか。福岡っておもろい街だなって思った記憶があるから。

昔は天神コアのあたりもキャッチの人がめちゃくちゃいて、夜の街界隈と天神の中間地点のなんというかカオスだったんですよね。天神コアから中洲の方へ行くにつれ、街にいる人の感じも変わっていくみたいなグラデーションがあった。それが今はこうパチンと分かれちゃった感じがあって。

ユースカルチャーで言えば、天神コアがなくなったタイミングは大きいと思いますね。手軽にちょっと自由な気分になる格好をしたい子たちの行き先が、 通販やそれこそファストファッションになっていってしまった。

中川さんは、今のユースカルチャーをどう見ていますか。

SNSの情報が強すぎるし、多すぎるんでしょうね。その割に、ほかに情報を得る手段はあんまりなかったり、街に出ても人と関わり合える機会もそんなになかったり。

若い世代の、マスの層の性質が変わってしまった感じがあるんですよね。ファッションも含めて、ユースカルチャーがとても偏っていっているような。

SNSが情報源になって、みんなが同じようにアクセスできると、自分なりの好きを深めたり、〇〇オタクと言われるような熟成の仕方が今は難しいのかもしれないですね。ファッションもカルチャーも薄くなってしまう可能性もありますね。

そうなりますよね。DJイベントみたいなことは、一定の需要があるかもしれないけど、そうじゃない部分。

例えば、僕らも若い頃に服屋さんに行って、背伸びしてるから緊張感もあって、ちょっと注意されたり怖い思いもしながら、 そのうちにお店の人とも仲良くなってみたいなこと、あったじゃないですか。

SPINNSで働いている子たちも、若い時に古着屋で知り合ったんですって結構いるんですよ。学校が一緒だったとかじゃない、服屋で仲良くなりましたみたいなカルチャーが福岡には結構あったと思うんです。

ファッションに興味を持ちはじめた子たちが直接洋服を買いに行けるようなところが街になくなって、そこからの広がりもなくなっていく感じがしているんですよね。

体験そのものや実感を得られる場所がなくなってしまうと、どうなるんでしょう。

苦い思いも、いい思いもなくなるから。それなら別に街に出なくても良いって話になりますよね。

だから、そういう場所がなくなっていくと、街も人も深みがなくなって、おもしろくなくなっていくんじゃないかな。

未来に種をまく、ユースカルチャーの重要性
SPINNSの福岡PARCOでの展開を振り返って、どう感じていますか。

僕個人にとっては、苦い体験でもあるんですよ。

福岡PARCOに移転オープンしてすぐ、コロナで緊急事態宣言が出たりして、まともに営業できたのは初っ端だけ。カフェスペースも作ってメリケン バーバーショップにも入ってもらって、パーティする予定もあったけど、考えていた企画もほぼほぼ全部できなくなって、地獄のようなスタートでした。

初速でうまくいかなくて、その後、多少戻りはしたけど、福岡PARCOの出店を振り返るとすれば、やっぱ不完全燃焼な感じはありますね。

コロナのタイミングと重なって、かなり厳しい状況だったんですね。

あの時は、本当にどうやって商売しようかなってぐらいの感じだったんで、めちゃくちゃ考えて色々試しましたね。

ここのカフェスペースもそうだし、ネイルもプリクラも、とにかく良さそうなことは全部やりました。今うちがやってるSEONGSU.(ソンス)ってブランドも、ここで韓国コンセプトの1wol7il (ウォルイル)というインブランドをやってたんですけど、そのブランドやってた子が今ディレクターとバイヤーをやっててSPINNS以上に急成長してます。 ただ成功して売り上げが取れていたら、そんなに深く考えたり試したりしなかったと思うから、そう言う意味では、色々な知見も溜まったかなとは思います。

苦い体験って渦中にいるときはしんどさもありますけど、そこでもがくことが変化の糸口になったりしますよね。

そうですね。福岡PARCOでも店長をしていた時期があって、店が忙しくもなかった分、お客さんとゆっくり話したり関われる機会が多かったんですよ。

カフェスペースはお客さんと仲良くなるのが得意な子に任せてたんですけど、勝手にコミュニティーができてて、高校生くらいの女の子から地雷系の子も来たり、他県から定期的に来られるご家族や、スタッフのファンのおじさんがいたり。

その時に僕たちが思っている以上に、若い子はつながる場だったり、知らないことを教えてもらえるみたいなことに関心があって、そういうことを喜ぶんだなって思ったんですよ。

だから、人との出会いや居場所を作ることの意味をここですごく感じましたね。やろうとしてることは間違っていないんだって。

その体験は、今、若い子に向けたきっかけ作りを大切にしている一つの要因になっている気はします。

若い子に向けたきっかけ作りとは、どういうことですか。

SPINNSの客層はティーンから20代前半くらいなんですけど、言ったら、その子たちが未来を創っていくじゃないですか。

彼らが触れる、教養とかファッションもそうですけど、それが偏ってしまうと世の中も偏っていくと思うんですよね。

僕らはファッションがメインだけど、若い子たちの可能性だったり、価値観の幅が広がるきっかけみたいなものを作れたら良いなって、それにつながることであれば何をやっても良いって思っているんですね。

すぐに直接的な売り上げになるとか、そういうことじゃなくて。 なんていうか、ファッションや音楽や人との出会いから、こういう人生を歩んでみたいなとか、こういう先に行ってみたいなってことが見えてくると思うんですよ。

何に心が動くか、衝撃を受けるかって人それぞれじゃないですか。かっこいい人との出会いかもしれないし、聞いたことのない音楽かもしれないし、訳のわからない空間かもしれないし。

それぞれに鬱屈した部分、抱えている負の部分ってあると思うんですけど、なんかしらそこに刺さるようなきっかけであればなんでもいいかなって。

それをただの情報として出すんじゃなくて、人とのつながりだったり、物を買ったり、体験してもらうことで、若い子たちにきっかけを作っていきたいっていう感じはずっとありますね。

そういった若い世代への文化的な種まきがなくなっているのは、社会に余裕がないのか、商業的な効率でカットされているのか、どちらなんでしょうか。

うーん。多分、両方ありますよね。うちもコロナで潰れかけていた時は種まきどころじゃなかったし、今は立ち直ってきたのでまたそういうことをしようと思ってますけど。

ただ、世の中の流れとしては、そういうことを重要だと思っているようなところって、そんなにないと思うんですよ。

でもとても重要だと思うんですよね、やっぱり。うん。

文化的なことへの考え方や態度に、SPINNSとパルコの共通点がありそうですね。

パルコはもっと幅広い年代に対してですけど、やっぱり文化的な側面を大事にするところは合致しますよね。

パルコの方と話していて感じるのは、根底に商業的じゃない側面での街づくりみたいな考えがあること。今年8月に広島PARCOにもSPINNSが入ったんですけど、その話を進めている時にも当時の店長西野さんや、営業の中谷さんが「若い子たちがワクワクするような場にしたい!」とか「広島の中でカルチャー発信の拠点としてパルコが必要なんです!」って話を楽しそうにされていて。例えばそういう熱量のことですよね。

大半の商業施設はもっと効率優先で、ビジネスで言えばそっちの方が正しかったりするんだろうけど、パルコはカルチャー発信と売り上げのバランスがすごい上手だなと思うんですよ。だから僕たちも一緒にやっていておもしろいです。

これからは雑多なものや人との出会いとか関わり合いとか、おもしろいことはどローカルだったり、ストリートからまた生まれていくのかもしれないですけど。

僕たちは、やっぱりおもしろいことを若い子たちに向けてやっていきたいんで、そういう部分でパルコさんとはもっと一緒にいろんな事していきたいなーって思ってます。

中川将馬

SPINNS 事業部長

岡山県出身、福岡在住。20歳でSPINNSにアルバイトで入社。
店長、店舗統括、プレス・マーケティングなどを経験。
古着や音楽、アート、酒場、街歩きが好きで、仕事でも人とカルチャーが交わる場づくりを大切にしている。 若者が面白がって挑戦できる環境や、世代を越えて人がつながるコミュニティをつくることが目標。