コカ・コーラ、オロナミンC、ライザップなど、誰もが一度は目にしたことのある広告を手掛けた、福岡出身のクリエイティブ・アートディレクター 今永政雄さん。
福岡PARCOの2周年、3周年、4周年のクリエイティブを担当いただきました。
このシリーズは東日本大震災の後、長い広告自粛の期間を経て、どんな意図を持って作られたものだったのか。
今永さんとパルコの最初のお仕事から振り返って、お話を伺いました。
「GET!PARCO」というキャンペーンの仕事でした。
当時は広告会社にいて、何かのきっかけでたまたま僕にお鉢が回ってきたんです。ファッションやカルチャーの面でもパルコは憧れの存在でしたし、広告も歴代すごい方がされていて、伝説の広告もいっぱいあるじゃないですか。自分もいつかはとは思っていても、その機会が来るとそもそも思ってなかったから、嬉しさ以上に怖さがありました。
広告の仕事って、企業からオリエンがあってそれに答えるように提案することが多いんですけど、パルコはオリエンがなかったんです。
『「GET!PARCO」というキャンペーン。これをどう見せますか』って。
これって、「あなたはどうやって生きてきた人ですか」と聞かれているようなものなんですね。
それまでも、もちろん広告全般が好きだったし、色々なものを見たり作ったりしてきました。でも、もっと核心の、どんな信念を持って、何が好きなのか。真剣に問われた時に、自分のメッキが剥がれていくような感じがしました。
僕が好きなものは一体何だったんだろうって。それこそパルコの地下にあった本屋に行って、写真集を見たり、資料を集めていきました。
それがおぼろげながら見えてきた時に、ご一緒していた現キャビアの中村剛さんが「こんなのどうかな」って1冊の本を渡してくれて、それがタイポグラフィの本だったんです。めちゃくちゃかっこよくて、これすごく好きだなって思ったし、ヒントになりました。
それで、「GET!PARCO」というロゴを組んで、ガラスに印刷して、後ろに爆薬を仕掛けてパーンパーンと割れていく。そこにテニスのラリーの音を当てて。前衛的な感じの、良いと思える広告が完成しました。
トラウマになりそうな体験でしたけど、自分を見つめ直すきっかけにもなりました。
つまり、僕の作家性を問われていたんですよね。広告の仕事でも、クリエイターの作家性を求める企業の一つが、パルコなので。
仕事で人生を試されるような体験がこれまでにいくつかあって、紛れもなく、一つがこの時です。
福岡にもとうとうできるんだと思いましたね。
大学進学で東京に行って、渋谷にパルコがあって、原宿にラフォーレがあって。 ファッションやカルチャーのキラキラした存在として、明るくてずっと楽しそうで、すごいなって思っていましたから。
パルコの壁面にキャンペーンだったり色々なことが大きく描かれていて、実際に人が描いていたんですよね。学生の頃は、それが好きで見に行っていましたし、そういうキラキラした存在のパルコが福岡についにできるのか、いいなという感じでしたね。
そうでしたね。
東日本大震災の時は東京にいて、当時の空気感を思い出すと、緊急地震速報のアラートがよく鳴っていて、ずっと緊張感があったし、なかなか普通の生活ができないような状況でした。そういう中で、クリエイティブで何ができるか。またそれ以上に、何をしないのか。自分自身に問い続けていた時期だったように思います。
一つ、僕の中できっかけになったのが、当時担当していたコカ・コーラのクリスマス広告でした。
例年であれば世界共通で展開する広告素材が、日本では使えないという判断になって、それで初めて日本だけの広告を作ることになったんです。
今、何ができるだろうって考えて、コカ・コーラのガラスのボトルにあかりを灯して、それを積み上げてツリーを作って、そこにAIさんに「ハピネス」という曲を作ってもらって。派手なことをするのでも、無理に盛り上げるのでもない、みんなの気持ちが灯るようなものを作ることができました。
2011年11月に異動で福岡に戻ることが決まって、そこで作るものも、人と人とのつながりとか、笑顔とか、そういう温度感のシンプルなものがいいなと思っていたんですよね。
福岡に来て、東京とは別世界のような、人の明るさや元気さに僕自身も救われていましたけど、震災からの1年は福岡でも企業広告が自粛されていたような時期でしたから。
まず、笑顔になること。2周年を表すピースも、一人じゃなくて二人ですることで、人とのつながりを感じられるのがいいなと思って。「一人で笑うより、二人で笑おう」というコピーと、二人が手をつないで作るピースサインというフレームができました。アイコニックで、前向きな感じがあって、何よりシンプルでボールドな感じが好きでしたね。
秋山監督(当時)は、キャンプ初日に伺って撮影しました。2連覇を目指すチームのスローガンにも通じるからということで快諾いただきました。
ここから、ハンドサインがすごくいいなと思って、シリーズとして続けていきました。
2周年の時は、今の場所で笑顔になろうというテーマでしたが、そこから1年経って、もう少し先、未来を見ていこうと、この場所から一歩を踏み出していくイメージで作っています。
3を表すハンドサインは、そうだOKサインだって。親指と人差し指で作るまるの中に光を入れるともっといいなって、太陽の上るちょうどいい高さの場所を探して、実際に現場で撮影しました。若くてフレッシュな方々を起用して、天神という場所から羽ばたく人たちを後押しする企画でもありました。
そういうエピソードも、パルコらしくて良いですよね。
4周年は、さらに外の世界へ飛び出してくイメージで、カウントアップから「行くよん!」って。ハンドサインもまたピースに戻って、ダブルピースになりました。当時4番に起用されたばかりの柳田選手にも出ていただいて、ホークスの監督や選手の起用は、スポーツ紙の1面にも取り上げられました。
ありがたいですね。
パルコの広告では、キャスティングをパルコ側がされるのが通例で、特に福岡PARCOの場合は色々な人に出ていただくので、僕の仕事は「人」を魅せるフレームを作ることなのかなと考えていました。人の持っている力を、魅力的に見せていくためのショーケースのようなフレームを用意すること。それがこのシリーズではハンドサインでした。
実は、「GET!PARCO」の後、2001年にパルコの「Looking for a new new」というテーマのキャンペーンを担当したとき、巨大な看板を作ってその前で人を撮影する広告を作りました。デビュー直後の松山ケンイチさんを起用したものから始まったシリーズでしたが、その時からフレーム作りが僕の表現の一つになっているように思います。
パルコには、ファッションも、カルチャーも、食も、本当に色々なものがあって、その場所にいる人も含めて刺激を受ける、リアルな感じがありますよね。
キラキラ感が強くて、学生時代はなかなかパルコに足が向かなかった僕にとっても、やっぱり行けば楽しくて。パルコに来ている人たちを見ながら、あの服はどこで買ったんだろうとか、何している人たちなんだろうって想像を膨らませたりするのも面白かった。
そこに行くと良い時間が流れていたり、新しい人やものと出会えるかなってつい立ち寄ってしまうような、パルコって名前の通り、まさに公園みたいで。ファッションやカルチャーがぐちゃぐちゃにミックスされているけど、そこにはやっぱり、パルコの目線が入っている。だから、他のモールや百貨店とは全然違う場所になっていますよね。
クリエイティブについても、パルコが作るものは、パッと見てもおしゃれだなとか、トップカルチャーだなってあるんですけど、実はその裏には必ず人がいる。
昔から、本当にずっと、全部人なんですよね。
新しい人を発掘して、その力を信じて、その人の面白さを引き出して、人材として社会に排出している。本当によく人を見ているし、愛しているなってすごく感じるんですよね。そういう意味でも稀有で素晴らしい存在だと思っています。
僕のいる広告業界でもどんどん時代は変わっていて、ネット上でどんな情報にも触れられるように思えても、例えば、印刷にこだわって作ったポスターを見た時とスマホの画面上では、伝わり方が違うと思います。
ポスターであれば、特色を何色使っていいかとか、Yから刷った方がこの場合はいいとか、線数はいくつがいいとか、離れて見たらもしかしたら違いが分からないようなことでも、凝れば凝るほど、圧が変わる。これはもう絶対にそうなんです。
音楽でも、デジタルではなく、人が生で演奏しているものが空気の振動として伝わることでしか、心を動かさないものがある。そうやって、人が生で作り上げたものには特別な力があると、僕もやっぱり信じているんですよね。 同じように、人のエネルギーをすごく愛して、信じてきた存在であり場所でもあるのが、パルコだと思うんです。
今、世の中がどんどんフラットになっていってる感覚があって。実際の街でも、渋谷や天神のようにビルの建て替えが進んでいくと、前ほどの個性のない、同じような顔つきのビルが並んでしまう。分かりやすくはなっても、面白みに欠けていきますよね。
僕が若い頃の天神には、街の中に綺麗なところも汚いところもあって、全体がでこぼこしていて、顔つきの違う場所があった。今思えばそれがすごく良かったなと思うんです。
福岡PARCOは、今の天神の中でも異質な存在感のある場所だと思うから。それが無くなってしまったら、今ここに来ている人たちは次にどこに行くんだろうって考えてしまいますよね。
もしかしたら、どこかの通りで、そこに行き交う人たちが同じようなことをするかもしれない。ただ、パルコは場所でもあり、発信する側の媒体でもあるから、無くなったらダメだろうって思っています。
パルコらしさは止まらないっていうコピーの、その感じがいいかなと思います。
ブレーキをかけるのでもなく、アクセルを踏むのでもなく。パルコらしさのまま、そのまま消えるっていうのが良いのかな。
そうすると去った後に、みんなの気持ちの中に残ること、思うことがあるんじゃないかなって思っています。すごく好きな人が、目の前からふっといなくなった時みたいに。
1965年福岡県生まれ。武蔵野美術大学卒業後、I&S BBDO、電通、電通九州を経て、2016年にBLUEとGREENを設立。ブランディングからTVCM、グラフィック、大型広告キャンペーンまで幅広く手がけるほか、DREAMS COME TRUEなどアーティストのアートワークも担当。領域にとらわれないクリエイティブ/アートディレクションを得意とする。