福岡の街の趨向(すうこう)を、実在する建物や乗り物を擬人化した物語にまとめあげ、精巧に作られたかぶりモノを被って演じる、在福岡の劇団「ギンギラ太陽’s」。
関係者への徹底した取材と史実に基づき、福岡に暮らす人も知っているようで知らない、唯一無二の物語を生み出し続けています。福岡PARCOの閉館にあたり、福岡PARCOが主役の大冒険活劇「PARCO最後のワクワク大冒険 -Hey!みんな「一番おもしろいさよなら」を一緒に作るわよ。-」を、2026年6月5日から7日までの3日間、西鉄ホールで上演し公演は大好評で終了した。
主宰であり、作・演出も手がける大塚ムネトさんに、福岡PARCOという存在についてお話を伺いました。
劇団を始めて来年で30年になるんですけど、ギンギラ太陽’sの物語って、
福岡の街の歴史でもあり、流通経済史みたいな側面もあるんですよ。
劇団をはじめた1990年代後半は、どのブランドを入れるかがお店にとっての勝利の方程式でしたけど、
そのうちに同じようなブランドが揃うようになって、その後、郊外にショッピングモールができて、
2000年ごろからはインターネットでの買い物も増えていって、ライフスタイルが変わっていきました。
撮影:藤本 彦
ギンギラ太陽’sのお話でも、お店同士のブランド争奪や自慢合戦から、お店の枠を超えて「天神」というエリアのリアルな店舗に、どうしたらお客さまが来てくれるのか、見えない敵インターネットと戦うみたいなお話になっていってたんです。
そのリアルの戦い方を全力でやってるお店、リアルなお店の可能性を信じて戦い続ける最前線というのが、僕の福岡PARCOの印象です。
撮影:藤本 彦
そうですね。実際に、今回パルコを主役にした物語を描くにあたり、たくさん取材させてもらって、なるほどと思ったのがフロア構成なんです。
まずパルコには、紳士服売り場とか婦人服売り場というような、昔ながらのフロアが一切ない。
どうかすると、おしゃれな洋服の横に食品があったり、高級ブランドの横にガチャガチャが置いてあったり。来るたびにいつも何かが変わっていて宝探しのようにワクワクできる、 予想を超えてくるようなフロア構成になっているんですよね。
でも実は、そのフロア構成は、パルコチームの編集技術によっておもしろく保たれているものなんですよね。
フロアのコンセプトを各ブランドに説明して、納得してもらって、ほかでは考えられない並びのフロアが実現している。
期間限定のポップアップも、パルコがはじめたものだって今回の取材で知ったんです。
パルコのスタッフが自分たちの足で、これから出てくるであろう路面店のブランドの魅力を見つけ、まずポップアップで試す。すごいですよね。
一生懸命研究して、作りあげている。そりゃほかのお店とは一味も二味も違うよなって。
撮影:藤本 彦
天神ビッグバンで、天神コアやビブレがなくなったことは、ある意味では、若者たちがどうしたら天神に、リアルな街に来るんだろうという課題でもあって。そういう意味でもパルコは、若者たちのワクワクを引きつける、とても大切な場所だったなとすごく思っています。
だからと言って、スマホを捨てて街に出ようとは言わないですけどね。
僕だって、Amazonとかの”この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています”みたいなものを、
「ちくしょう、アルゴリズムめ」と言いながら、見てますから。笑
そうです。ただ、僕たちの演劇も同じくリアルが勝負なので。
せめて、スマホから顔を上げたり、スマホを入り口にしてリアルな街でおもしろく動いてみてほしいなって気持ちはありますね。
これだけ情報が溢れると、今度は溢れすぎてどうしていいか分からないみたいになってきますから。
今こそ「あなたにはこれも似合うと思うよ」「これがいいんじゃない」って、
人が介在することがやっぱり大事だと思うんですよね。
実は、ギンギラ太陽’sって福岡PARCOができる前からのご縁がありまして。
僕としては、もうずっと感謝しかないんですね。
ギンギラ太陽’sとしてのありがとう。
天神としてのありがとう。この2つがあります。
2005年3月20日、西方沖地震がありましたよね。
実はその時、僕らは西鉄ホールで公演中で、昼公演に向けた準備運動中にガーっと揺れて、
天井の全照明がゆらゆら揺れていた光景を今でも覚えてます。
完売していた公演が中止になって落ち込んでいた時に、
渋谷のPARCO劇場から「東京でやりませんか」と声をかけてもらったんです。
当時のギンギラ太陽’sって、福岡の人にだけ分かればいいと、なかば開き直って作っていたんですよね。
そんな地産地消の物語を東京で試せる、しかも渋谷のPARCO劇場という一流の舞台で試せるって。
もう嬉しくて、落ち込んでいた気持ちがすぐに吹っ飛びました。
東京でも、福岡で公演するまんまの内容で上演しました。
もちろん福岡のあるあるネタへの反応は薄いんですが、物語の構造だったり、ストーリーとしての面白さには、しっかりと反応が返ってきました。
福岡でもお馴染みの大爆笑のちに大泣きという場面があるんですけど、それは、東京のPARCO劇場で初めて見るお客さまも同じ反応でした。
自分たちの作品が東京の方にも通じるんだと分かったことも、ものすごく嬉しくて。
背中を押してもらえたような気持ちになりました。そこからはもう迷いなく、ギンギラ太陽’sをずっとやっていこうって。
PARCO劇場で評判になったことがきっかけで、全国ツアーをするようにもなりました。
ギンギラ太陽’sが来年30周年を迎えられるのは、地震で中止になって1番落ち込んでた時に、
うちでやらないかって救いの手を出してくれて、しかももっと面白いところに行けるぜって教えてくれたPARCO劇場のおかげなんですよね。
もう一つ。時間が前後しますが、2004年に岩田屋が閉館になってから、この建物は空きビル同然になっていましたよね。
この場所、この交差点って、約100年前に天神の繁栄が始まった原点の場所なんですね。
そのシンボルみたいな場所が空いてる、天神の中心の明かりが消えているというのが、
福岡の街の物語を作る身として、やっぱり寂しかったんですよ。
天神をずっと見守ってきた、天神大好きな僕としては、ここがどうにかなってくれないだろうかってずっと思っていた。
だから、福岡PARCOが来ると聞いた時には、「あ、ギンギラ太陽’sを助けてくれた恩人が、
今度は天神の恩人として来てくれるんだ」って。誰よりも喜んでいたのは、たぶん僕だと思いますね。笑
僕がすごいなと思ったことがあって。それまでのパルコでは大体7割がファッションのお店だったところを、
福岡PARCOは新生PARCO 1号店を作るというコンセプトで、ファッションブランドの割合を減らして、
キャラクターものやポップアップを増やしたり、1階を「once A month(ワンスアマンス)」って月ごとに変わる店舗にしたり。
僕はそれを攻めの戦略だと思ってたんですけど、お話を聞くと、
実は同時期に博多の再開発が進んでいて、ブランドが博多に移ることに抗えない状況だったということなんですよね。
それをコンセプトに変えて、フロア作りで新しいことを試した。
それがいいって新しい魅力の発見につながって、その魅力とノウハウがその後の渋谷PARCOの復活につながっていくという。
福岡PARCO、すげえじゃんって思いますよね。
本来であれば元気に街の中で遊んだり、これから社会に出て大人になっていく世代の人たちにとって、
福岡PARCOはいい刺激になっているんだと思いますね。
永遠に変化して、最後の一瞬にも完成しない。それがパルコ。
売上げが今でも右肩上がりという話もお聞きしていたので、って関係者みたいなこと言ってますけど。
確かにお馴染みのビルがなくなるのは、僕も寂しい思いがあるんですが。
もともと天神ビッグバンが始まる前から、天神エリアのどの商業施設も老朽化してるし、耐震補強もしなきゃいけないという問題があって。
元々の法律のままなら、今あるビルより小さいビルしか建てられないから、建て替えたくても採算が合わない。
でもビルは古くなっていくっていう状況で、下手するとそのまま天神が朽ちてなくなっていく可能性もあったわけですよね。
そんな天神を見ていく方がもっと悲しいですから、僕はビッグバンで次の100年を目指す街になるのは良かったなと思っているんですよね。
それこそ、昔は博多が商業の中心で、天神は福岡城のお堀の端っこのすごく寂れたところだった。
しかも戦で攻めづらいように道もあえて狭くされていたんですよ。
1910年に福岡市で博覧会を開くことになって、土地を埋め立てて明治通を作って、
実業家の渡辺與八郎さんが渡辺通を作られて、のちに九州電力を作られた松永安左衛門さんが明治通に鉄道を引いた。
その明治通と渡辺通が交わるのが、まさに天神交差点ですよね。
その後、1936年に岩田屋ができる時も、あんな寂れたところにデパート作ったら潰れるよって言われていたんですよ。そんな反対を押し切って、九州初のターミナルデパートとして岩田屋が誕生した。
新たなことに挑戦して変わっていくことが天神のアイデンティティだし、天神の伝統だと僕は思ってるんです。
天神交差点のこの場所は、天神の街のシンボル、原点の場所ですから。
それまでになかったことに挑戦する場所であり、また挑戦しなきゃいけない場所なんだと思うんですね。
建物が変わっても、みんながワクワクする、みんなが便利になる、生活が豊かになる、なくてはならないものが1番最初に生まれる場所であることは変わらない。
パルコが来てくれたこともそうですし、また、この次の100年を目指していく、天神のシンボル的な場所になるんだと思っています。
だからね、またこの街でパルコがどんな展開をするのか、期待が膨らみますよね。
リアルでの戦いがどんどん厳しくなる状況で、どんなリアルな戦いを見せてくれるんだろう。
きっとまた今までにないようなものが出来上がるんだろうな、なんてね。
演劇というリアルを生業にしている自分としては、パルコがどんなワクワクするリアルを見せてくれるんだろうって、いつも気になっています。
だからね、その先の話の前に、来年2月の閉店までパルコが何にもしないということは絶対ないですから。
Hey! PARCOのビジュアルも「パルコらしさは止まらない」というコピーから始まっている。
もうこのまま行くんだという決意表明ですよね。とんがって、思い切ったことをするパルコが、閉店までもう止まらないですよって。
永遠の未完成というかね。
パルコってそうですよね。
常に完成してない。常に変わっていく。売り場も常に変化していく。
最後の一瞬まで動き続けますよって言いながら終わっていくのが最高にパルコらしいなと、僕は思っているので。
僕たちの公演ポスターの「乙女ビルとして登場する福岡PARCO」も全然さよならの雰囲気じゃないですから。
予想を超えるわくわくを提供してくれるお店ですね。
予想は裏切るけど期待は裏切らない。これ、僕の座右の銘でもあるんですけど。
予想してなかったけど、起きてみたらきゃーって嬉しくなる時がやっぱ1番心揺さぶられるじゃないですか。
最後の一瞬まで予想がつかない、でもきっと期待を裏切らない。福岡PARCOは最後の一瞬まで何するんだろうって、
みんなワクワクしてるんじゃないですか。
何をしでかしてくれるのか、もうね、本当にドキドキしてます。僕も目が離せませんよ。
劇団ギンギラ太陽’s主宰。作・演出・かぶりモノ造型・出演の全てを手がけている。「地元密着エンターテインメント」と題した作品は、地元福岡の建物や乗り物を擬人化した「かぶりモノ」をつけて歌舞伎さながらの早変わりで一人何役もの役を演じるのが特徴。
福岡大空襲を背景に福博の歴史を描いた「天神開拓史」、新規参入の航空会社を主人公に空の歴史を描いた「翼をくださいっ!さらばYS-11」、和菓子の世界を題材にした「ひよ子侍シリーズ」、最新流通事情を描く「天神ビッグ・バン・バン・バンシリーズ」など、徹底した取材に基づく地産地消のモノ語りを上演。2026年6月5日から7日まで西鉄ホールにて、来年2月閉館の福岡PARCOを主役とした「PARCO最後のワクワク大冒険」を上演し好評を博した。